被災者の状況を見る

いまだ自宅に帰ること叶わず

地域そのものが津波被害、そして原子力発電所の被災におけるメルトダウンによってもたらされた放射能の散布によって、被災した三県では非常事態宣言は発令され、急ぎ指定された地域から避難するよう、命令が下った。もはや退避しなければならないという状況になったことで、その事が原子力発電所の危険性を再認識する機会を人々に与えたことになる。確かにそうだが、それはあくまで現地に住んでいない人間からの目線だ、地域住民にとって住宅から逃げなくてはならないと言われて即座に納得できるほど、順応性に長けているわけではない。ただやはりここから離れなければならないため、生まれ住んだ家をほとんど放棄に近い形で多くの人が避難所での生活を余儀なくされた。その状況は連日テレビに報道されていた通り、学校施設の体育館に数えることも出来ない人が押し込められての生活をしなければならなくなり、その場においてもはやプライベートという言葉は通用しなかった。何もかもがすべての人に見られる状況は、とんでもないストレスを食らうことになる。さらに震災によるフラッシュバックによって、恐怖が再燃すればその分だけ怯えることになる。避難所でそのようなことになれば、恐怖は恐ろしい速度で伝播する、それこそあの悲劇を脳裏に焼き付けられて離れないといわんばかりに苦しんでいる人はいまだに多い。

あれから3年と半年の時間が経過したが、避難所で生活している人は今どのような生活を過ごしているのだろうか。徐々にではあるが帰宅可能なエリアが増えている事は間違いない、だが中には汚染状況が酷いところもあり、放射能を除去するまでに恐ろしいほどの時間がかかると言われている。それこそロシアのチェルノブイリは事故によって、発生から約30年近い時間が経過しても人が住める状況ではない、死の土地と化している。日本の原子力発電所はそのようなことにはならないと説明されていた中で起きた事故、発電所付近に住んでいた人々にとってはまさに国が自分たちを騙していたと取られても仕方のないことなのは明白だ。

避難民の状況

確かに東日本大震災によって家屋を始めとした建築物は大半が濁流の渦に飲まれるようにして消失したが、片付けという意味では進行している事は先ほどの項目で紹介した図で把握できるだろう。だが復興状況と避難民がそれまでの生活を取り戻すのを妨げている最大の障害となっているのが、放射能汚染だ。ただ復旧するだけなら時間は掛からない、実際津波の被害を辛うじて受けなかった地域もあるくらいだ。原子力発電所を定期的にメンテナンスすることを欠いたことも問題だが、今はそのことについては一旦置いておこう。

こうした状況下で今、どれほどの人がまともな生活を過ごしているのかというと、その数字もまた復興が進捗しているとはとても思うことは出来ないものだ。

時期 避難者数 仮設住宅への入居戸数 避難所にて待機
平成23年6月 332,691人 0戸 41,143人
平成26年7月 247,233人 97,012戸 0人

震災から三ヶ月が経った頃の話では、いまだに4万人近い人々が仮設住宅にも入る事が出来ず、狭い体育館などでの生活を余儀なくされていた。それから3年後の7月になればさすがに避難所にいる人はいなくなったものの、自分たちがそれまで住んでいた地域へと帰還することが出来ず、仮初として在宅している仮設住宅に住んでいる人すべてを総計した避難民は、それほど大きな減少を見せてはいない。メディアなどの報道でも度々紹介されていたが、住みなれた街への帰宅を望んでも叶うことがないまま、新しい土地での生活を余儀なくされてしまった人も多い。

そうした中である事件が発生した、期間限定ではあるが自宅への帰宅が叶ったとある女性はそれまでに精神的に追い詰められていたこともあり、全身にガソリンをまいて自宅の庭で焼身自殺を図るという行為に出たという。女性は亡くなり、伴侶だった男性は止めることができなかったことを後悔しているという事件が発生したという情報が流れたときは戦慄した。

震災によって人の心は大いに蝕まれることになる、それは時として自分はもうこの世にはいられないと思わせるほどにだ。罪は大きいが、起こってしまった事を鑑みれば、もはやこの問題だけは解決しようにも解決できるほどたやすい問題ではなくなってしまったことだけが、改めて事実として肯定される。

人口の増減としても、類を見ないほどに過疎化が進行している

震災によって精神を蝕まれてしまい、もはや死ぬこと以外に選ぶ余地はないと追い詰められている人も多く存在している。無論このような事態にならなければそれまでどおり、平穏な暮らしを望めた人は多くいるだろう。だが現実は過酷かつ、残酷なまでに被災した地域の人々からあらゆる物を奪った。それにより只でさえ人口がそれほど多くない地域では、生まれ住んだ地域を捨てて引越しをしなければならなくなった人を増やすこととなり、被災した三県では人口比率が大きく低下することとなる。

その分新しい土地での生活も始まることになるのだが、中には一次産業を専門的に行っていた人もいる。そうした人々にとって新天地となる住まいでは不便という壁が立ちはだかることとなる。

だが被災した県としてもそれまでのシステムを破棄する事は出来ない、社会として持って然るべき機能を取り戻すためにも再開発を推し進めていったことにより、ほぼ震災前と同等にまで復旧することは出来るようになった。それだけ考えればまだ住めるだろうと捉える事もできる、だが被災した人々の心に残した大きな爪痕は深く刻まれ、特に海沿いとなる沿岸地域に住んでいた人々にしてみれば奇跡的に助かったのに、また海を見ながら生活しなければならないのかとトラウマを呼び起こされてしまう。あんな思いは二度としたくないと考えるのは道理だ、被災した人口の減少は今後通して増える確率は少ないと見るべきだろう。

心をひとつに!つながろう日本!

腕・脚などに圧力を加えた状態でトレーニングする護身術・MagaGYMで大きな効果が得られる!

東日本大震災から見る復興支援の実態